趣味愉楽 詩酒音楽          《まことに人生、一瞬の夢、 ゴム風船の、美しさかな。》

 
 
 
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 
 
 

Not to be, however, to BE

 打ちのめされる、という体験が必要である。
 何をしたいか。僕は、作品に、徹底的に打ちのめされたい。今年一年、仕事や趣味を消費しながら、いま強く、そう思う。快楽や気休めや暇つぶしや気分転換に決して回収され得ない、激しい衝撃、亀裂を求める。

   死なない蛸(たこ)

 或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢えた蛸が飼われていた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃(はり)天井の光線が、いつも悲しげに漂っていた。
 だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れていた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思われていた。そして腐った海水だけが、埃っぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまっていた。
 けれども動物は死ななかった。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覚した時、不幸な、忘れられた水槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢餓を忍ばねばならなかった。どこにも餌食がなく、食物が全く尽きてしまった時、彼は自分の足をもいで食った。まずその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすっかりおしまいになった時、今度は胴を裏がえして、内臓の一部を食べはじめた。少しずつ他の一部から一部へと。順順に。
 かくして蛸は、彼の身体全体を食いつくしてしまった。外皮から、脳髄から、胃袋から。どこもかしこも、すべて残る隈なく。完全に。
 或る朝、ふと番人がそこに来た時、水槽の中は空っぽになっていた。曇った埃っぽい硝子の中で、藍色の透き通った潮水と、なよなよした海草とが動いていた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかった。蛸は実際に、すっかり消滅してしまったのである。
 けれども蛸は死ななかった。彼が消えてしまった後ですらも、尚お且つ永遠にそこに生きていた。古ぼけた、空っぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に。ーおそらくは幾世紀の間を通じて-或る物すごい欠乏と不満をもった、人の目に見えない動物が生きて居た。

                                『永遠の詩⑦ 萩原朔太郎』(小学館)より 表記一部改編


永遠の詩07 萩原朔太郎永遠の詩07 萩原朔太郎
(2013/01/21)
萩原朔太郎、高橋順子 他

商品詳細を見る
 
 
 
 
Comment






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
 
 
 
 
Trackback
http://bachundbruckner.blog.fc2.com/tb.php/17-b09355e7
 
 
 
 
プロフィール

めが

Author:めが
大阪在住、岡山出身。

岡山朝日高校(管弦楽部)、大阪大学(法学部)から会社員(教育系)へ。

【興味関心】
詩(ヘッセと中原中也)
音楽(とくにバッハとブルックナー)
モータースポーツ(とくに1984年~1993年のF1)
グランツーリスモ、スポーツカート
ブルックナー研究

 
 
 
 
 
 
最新コメント
 
 
 
 
最新トラックバック
 
 
 
 
 
 
 
 
検索フォーム
 
 
 
 
 
 
 
 
ブロとも申請フォーム
 
 
 
 
QRコード
QR
 
 
Pagetop
 
 
 
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。